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zoom RSS ああ 許すまじ原爆を!

<<   作成日時 : 2007/08/07 21:46   >>

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被爆者健康手帳を持つ被爆者は25万人。そのうち原爆症認定はたった1%の人たち。隣町に住む小高美代子さん(当時80歳)が語った被爆体験を要約してご紹介します。

           
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20歳のとき原爆に

 私は20歳の時に広島で原爆にあいました。思い出したくないのですが今、大阪で裁判(原爆症認定の)をしております。
 私の見たことを一人でも多くの人に聞いてもらいたい。私の任務と思っています。
 結婚したばかりで夫は将校でした。8月6日朝、空襲警報の解除があり、ワンピースに着替え、土間でお米をといでいると、ぴかっ!ときたんです。気がついたときには隣家の時計店で下駄を履いて一人、立っているんです。
 「美代子さん助けて!」っておばあちゃんの声。身ごもっていた私。一人では助けられない、と外へでました。すると爆心地の方から、顔から、手から体全体から皮がぶら下がった人がぞろぞろ、くるんです。焼け爛れ、腫れた顔、目も開けてられなくて、みんな丸いお地蔵さんのような顔でした。
 人を頼っていてはいけない、誰もいないと思い、寝そぼって土を掘り、おばあちゃんを助けることができました。

少女に水をあげられなかったつらさ・・・
 
 家はぺしゃんこ、水筒を持って外へ逃げると15・6歳の女の子から「水をください」といわれたけれどあげられませんでした。そのときのことを思うと、胸がしめつけられるような苦しさです。なぜ私は生きているんだろう、このつらさは、お墓まで持っていかなくてはと思っています。裁判所でもそのことを絶叫して「助けてください」って訴えました。
 8日、人にいわれて気がついたのですが、私の背中は、上から下まで真っ赤な血が乾いてこびりついていました。広島駅の方に向かって歩いていると、建物は何にもなくて死体だらけです。「いや!」「いや!」って思っていたのに、神経が麻痺してきたのか「あらこの人、真っ黒になって死んでいる」「お母さんが赤ちゃん抱いて死んでいる」って平気になってしまったのです。

戦争って怖い

 家に押しつぶされ、出られない小学生が「助けて!」て叫んでいるけれど誰もが助けられませんでした。そのことが今でもつらく思い出されます・・。戦争って悲惨なものです。何にもいいことない。一人でも多くの方に語ってください。

 これは、2005年5月「被爆体験を聞く会」で語った小高さんの話を要約したものです。
 
 国は原爆症の認定基準を厳しく制限。認定を却下された被爆者が裁判をおこしました。私は、小高美代子さんらの「原爆症認定」を求める大阪地裁で傍聴に参加しました。弱った体で告発する小高さんらの訴えは命を削っての闘いです。大阪地裁をはじめ、6地裁で勝訴したのですが国は敗訴を認めていません。
 8月5日、被爆者らとの懇談で安倍首相は「認定基準の見直しを検討」するとのべましたが・・・現在世界で27000発近くの核兵器があるといわれています。人類を、地球を亡ぼす核兵器は廃絶しかありません。

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